ベトナム・ディエンビエンフーから
ラオスに入国する
30日にベトナムのビザが切れるため
早めに移動したいと考えた
税関で怒られるのが嫌だからだ
27日にバスチケットを取るために
チケット売り場に行く
「ムアンクアに行きたい」というと
「明日だよ」「何時?」「朝5時半」
あー朝の5時半かぁ起きるの辛いなぁ
と思いながらも、それしかないので
チケットを買う100000ドン、400円くらいだ

「朝5時にバスターミナルに来てね」
28日朝5時にバスターミナルに行く
まだ、薄暗いバスターミナル
でも人々が集まっている
「ムアンクア?」と聞いて回るがバスがいない
何人目かであっちだ、と教えてくれた
集まっている人に「ムアンクアに行く?」と
聞いてみるとうなずいてくれた
ここで待ってればいいのか

20分後フロントガラスに「ムアンクア」と書いてありそうな
バスが着く、これに乗っていけばなんとかラオスには行けそうだ

普通のマイクロバス、ちゃんと1人に1席あって
快適にムアンクアまで行けそうだ

周りには欧米人のカップル4組とベトナム人の方々
カップルは仲良さそうにキスとかしている
出発しないかな早く
5時30分出発時間になったが出発しない
その10分後やっと出発した
街を出て田園風景が広がる
しばらくは道路は舗装されていたが
そのうち未舗装道路になってガタガタとバスが揺れ始める

ディエンビエンフーを出て2時間くらい
山道に入りしばらく行ったところで
ベトナム-ラオス国境のベトナム側事務所に着く
山の中の事務所という感じだが
軍服を着ている人もおり
何となく緊張が走っている気がする
何も問題なくパスポートを出して
出国スタンプを押してもらう
再度バスに乗り込みラオス側に向かう
10分後、何かの建物が見えてきた
ラオス側事務所だ
バスを降りて事務所に入ろうとしたところで
みんなおでこに体温計を当てて体温を測られている
熱があるからダメと言われたらどうしよう
そういえば、今日あんまり調子よくなかったな
とドキドキしながら順番がやってくる
おでこでピッと音がして「いいよ」と言ってもらえた
良かった、大丈夫だったらしい
ノービザで2週間滞在なので
ラオスの入国カードのみをもらい記入する
他のバックパッカーはビザ申請をするらしく
写真と申請用紙も記入していた
スタンプ代、サービス等で9000キップ
100円ちょっとを支払う
ラオス入国完了
再度バスに乗り込みムアンクアに向かう
ラオスの道路は未舗装で所々重機が入り工事をしている
砂埃も揺れもすごい
浅い川ならお構いなく進んでいく
2時間ほど走ったところで
「ムアンクアだ」とバスのスタッフが言った
降りてみると川の向こうに街がある

この川を渡るために渡し船を使う必要がある
渡し賃5000キップ、60円くらいだ

ムアンクアの街に到着
今日中にウドムサイの街まで移動したい
他のバックパッカーも同じ考えだったらしく
全員でトラックタクシーに乗ってすぐにバスターミナルへ移動

ムアンクアからウドムサイまで35000キップ、400円くらい

チケットを購入して疲れたのでベンチで横になっていたら
いつの間にか寝ていた
「ウドムサイに行くよー」とドライバーが叫んだ
100Kmのバス移動、席もちゃんと1人1席あるが
席の人が窓を開けるとなぜが寒い
閉めてくださいとも言えず寒さに耐えながら

2時間半でウドムサイに到着

すぐにゲストハウスを決めてベットに入った
12時間しっかり眠る、自分のライフポイントが
完全に無くなった気がした
やっぱりバス移動は疲れる
ブログ
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陸路からラオス入国
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カラオケという言葉
カラオケと言えば代表的なレジャーの一つで
少し前までは飲み会で2次会といえばカラオケだった
カラ(空)・オーケストラの略で
1970年代にカラオケ機「エイトジューク」を井上氏がビジネス化し
爆発的にレジャーとして普及した
海外でも「KARAOKE」という単語で
カラオケが通じることはよく知られたことだ
自分も知識としては知っており
インドの首都ニューデリーや台湾の台北で
「KARAOKE」を聞いたことがある
しかし、首都などの比較的開けた土地での
話だと思っていた
ベトナムのサパという小さな街を訪れた
観光地として有名で首都ハノイから
毎日多くのバスがやってくる
バスを降りたときに見つけたのが
「KARAOKE」の看板だ
マイクの絵と一緒に「KARAOKE」の文字が見える
観光地だからカラオケも数多くあり
サパの街の至る所で「KARAOKE」を見ることができる

そこで出会ったアメリカ人の写真家と
タクシーをシェアしてサパの周りにある
少数民族の村に写真を撮りに行った
棚田が広がり、ちょうど苗植えの時期だった
モン族の人に話を聞くと
標高が高く寒いためベトナムの他の地域では
二毛作が可能らしいが、この辺は一毛作なのだという
写真を撮りながら、目の前には高くそびえる山と
棚田が広がり、集落に家が建っている
絵葉書でみるような景色が広がっていた

二人とも写真を撮りおわり、休憩中に
集落を少し歩いた
雑貨屋などがあり静かな風景が広がる
その中に「KARAOKE」の文字を見つけた

看板の近くに立っていた、お母さんに話しかけると
英語は全く通じなかった
ただ「カラオケ?」と話すと指を指しながら
ウンウンうなずいている
「カラオケ」だけは通じるらしい
店の中にあるよとジェスチャーで説明してくれた
日本で生まれたカラオケが
遠く離れた山岳民族の集落でも楽しまれている
なんとも驚くばかりた
その後サパに戻りアメリカ人の写真家と別れ
一人でサパのレストランに食事に出かけた
地下の部屋からカラオケを歌っている声が聞こえる
前奏と後奏になるとベトナム語で
何か台詞を言っているようだ
ここベトナムでも前奏と後奏の時に
台詞が入るようだ
このときほど、
ベトナム語が聞き取れれば良かったのに!
と思うことはなかった -
ディエンビエンフーへバス移動
2011/05/26ラオスに向かうため
サパホテルのスタッフに聞いた
300Km程離れた国境の町ディエンビエンフーへ
バス移動でする
霧が深く寒さを感じるサパの街から
定員が15名ほどのミニバスに乗り込む
サパの街を出て山道をクネクネと走る
山肌に沿った道を外れると崖になっている道を走る
フェンスが無いところも多く
一歩間違えば真っ逆さまに落ちそう
そんな中を結構なスピードで走る
バイクやサパの方に向かう対向車も多い

他のバックパッカーは欧米人のカップル2組
その他はベトナムに住んでいる人たちばかり
フロントガラスにはDIEN BIENのプレートを掲げおり
そのプレートを見てベトナムの方は
途中から乗り込んできたり
目的地で下りたりしながら走っていく

舗装されている道は快適だ、砂利道でも平らなら平気
しかし、全く整備されていない道も途中あり
その度に右に左に上に下にバスは揺れる

崖が崩れて土砂や岩が道路の半分を塞いでいる箇所もある
しかし、バスは気にせず一路ディエンビエンフーへ向かう
4時間ほど走って休憩、その後1時間走り
時間は12時お昼時となった
自分は移動の緊張からか全く食欲がないので
外でタバコなどを吸って時間をつぶす
隣の雑貨屋では椅子の上で猫が寝ていた、かわいい

この頃になるとサパでは着ていても寒いくらいだった
長袖のジャケットが邪魔になる
脱いで半袖になっても暑いくらいだ

お昼も終わり2時間ほど走ったところで
「D-BIEN 5Km」の標識が見えてきた
大きな「WELCOME TO DIEN BIEN PHU」の看板が
出迎えてくれる
約9時間のバス移動が終了した

夕方の16時お腹がすいたのでフォーでも食べようかと
食堂を探すがちょうど夕食までの休憩時間で
どこの食堂も開いていない
唯一あいていた市場の甘味屋で
いろいろ甘い何かと砕いた氷の甘味を食べる
適当にメニューから指を指して注文したので
なんて名前かもわからないが美味しい
疲れたときは甘い物に限る

この旅ベトナム最後の街ディエンビエンフー
これからラオス行きのバスを探さなくては
ビザは30日まで、入管で怒られたくないので
早めに移動しなくては -
サパホテルに泊まる
ベトナムの南に位置する街サパに着いた
中国との国境に近い標高1500m位置する街
標高が高いためハノイやホーチミンと違って
気温が低く涼しい、寒いくらいだ
街中ではジャケットが売っているくらいだ
その街について寝床を探すため
街を歩いてブティックサパホテルにチェックインした
サパホテルだ

一泊450000ドン、1850円
結構高価な高級ホテルだ
そのホテルの407号室に部屋を取った
2階だが407号室だ

ルームキーはなぜか魚釣りの魚籠にキーが付いている
たぶん、外出時ルームキーを持って行かないようにするための
配慮だと思うが、ホテル内でも持ち歩きに不便だ
腰につけ、釣りでもしようかという気分になる

インターネットもWiFiで使用でき
部屋も広い
一人では持てあますほどの広さだ

アメニティも充実していて
水が無料で2本もらえ、朝食込み
ポットもありお湯も沸かし放題
シャワーも熱いほどのお湯を浴び放題
室内は禁煙だがバルコニーに出て吸うこともできる

しかも天蓋付きの部屋だ
どう使って良いのかわからないので結んでおいてある
至れり尽くせりな部屋でスタッフも丁寧に対応してくれる
しかし、グーグルで「サパホテル」を調べると
「もしかして:アパホテル」と表示される
ちがう、ここのオーナーは鍔広の帽子などかぶっていないはずだ

もしかしない -
ハノイからサパへバス移動
ベトナムの首都ハノイに3日間滞在し
次の目的地サパへ移動する
サパはハノイから南西に250Km
ホアンリエン山脈に位置し
ベトナムで一番高いファン・シ・パン山を東にある街だ
街自体が1500mくらいの場所にある
ハノイで宿泊していたホテルにバスの手配をお願いする
320,000ドン、だいたい1300円くらいだ
ホテルからのピックアップバスの中で
日本人のバックパッカーに会った
これからハノイから南に向かい
フエに向かうそうだ
サパとは真逆の方向だ残念
それぞれのバスを待つ間、話をした
彼は中国側からベトナムに入ったとのこと
ちょうど自分と逆方向にベトナムを進むらしい
彼がフエ行きのバスに乗り別れを告げる
気をつけて
その後、再度ピックアップバスに乗り
長距離バスターミナルの様なところに着いた
そこから、サパ行きのバスに乗り換えだ

バス正面の行き先掲示板が電飾で華やかだ
「HANOI-SAPA」と書いてあるので間違いない
車体の横に「Sleeping BAS」と書いてある
何なんだろうと思って乗り込むと
すぐにその答えがわかった

こんな感じで寝られる
フラットに近いぐらいシートがリクライニングするのだ
前席の背中の下に自分の足が入る設計になっている

これは快適、普通のシートを想像していたので
うれしい誤算だ
19時にサパに向かって出発
薄暗い街中をバスは進む
だんだん夜の帳も下り辺りは真っ暗になり
開いている商店がまぶしく車窓から見えた
21:20頃順調に走っていたバスの後部から
「ガコン」となにか異音がした
その後、「シュー」と空気が漏れるような
音がし続けている
バスが路肩に止まり、懐中電灯でバスのスタッフが
音の発生源辺りを見ている
スタッフが集まりタバコを吸っている
で何事もなくバス出発
大丈夫なのかな?とは思うが
後ろからは「シュー」と音が聞こえる
30分ほど走ってバイクの青年が合流
バスの荷物置き場にバイクを少々分解して入れる
さすがはバイク天国ベトナムだ
その間も「シュー」と音は聞こえる
22:20頃バスは大通りから細い路地に入る
確か、サパまでは大通りを通っていくはずなのに
近道なのかなと思ったら、整備工場に到着

乗客を乗せたまま異音がする辺りの整備が始まった
スタッフみんなが整備中の箇所を見つめる

自分も寝るのを忘れて、バスの中から応援した
1時間後、整備が終わり異音も消えた
再度サパへ向かって出発だ
眠りにつき、寒さで目が覚める
トンネルを抜けると雪国ではなく
眠りから覚めると山の中に着いていた

配給されている毛布を肩まですっぽりかぶり
再度眠りにつく
ラオカイ駅に着き数人とバイクが下りる
降ろしたバイクは早速組み立てを始めていた

そこから、1時間半ほどでサパに着いた

標高が1500mということもあり
Tシャツでは肌寒い、
昨日まで汗だくだったのが嘘のようだ
深い霧の中、とりあえず暖かい食事をと思い
フォーを食べる、スープが身体を温めてくれる

食べ終わり、また霧の中を宿探しだ

-
日本食の値段
日本を出てからもう1ヶ月ちょっと経つ
タイ・カンボジア・ベトナムと
回っているので
食事が美味しく困ることは無い
正直どこで何を食べても美味しいのだ

今日の昼食はベトナムのフォーだ
米で作った麺類でとても美味しい
朝起きて散歩がてらホテルの近くを
闇雲に歩いていて今日見つけた食堂のフォーは
まぁ絶品だった
ライムをを搾り、輪切りの唐辛子を散らして食べる
麺のゆで具合、スープの塩加減
本当に美味しかった
ただ、惜しむべくは闇雲に歩いて見つけたため
お店の場所を覚えていない
再度、行きたいと思っても
どこかにあるユートピア状態になりそうだ

ユートピアの写真
食に困ることが無い旅だが
ただ、念のため火が通っている物を
選んで食べているので
そろそろ、日本食の寿司とかが恋しくなる
生魚をたべたい
ホエンキアム湖の畔にカフェなどが入るビルがある
そこで日本食レストランを見つけた
メニューを見ると「寿司盛り合わせ」がある
$15だ

昼食に食べた絶品のフォーが25000ドン
だいたい$1.25なので、そうとうな高級品だ

梅・鮭おにぎりも1つ$2という値段設定
メニューを見たとき「高いなぁー」と思わずつぶやいた
「これなら日本に帰るまで我慢した方が良いな」と思ったが
$15=1230円ほど、日本で寿司の盛り合わせを食べても
同じくらいの値段はするだろう
おにぎりは160円くらい
コンビニのちょっとお高いおにぎりと同じだ
日本の物価が高いのか
日本食をこの離れたベトナムで
同じくらいの値段で食べられるようにしてくれた
企業努力なのか
判断が難しいところだ
ちなみに酒の肴の定番「枝豆」と「漬け物盛り合せ」は
それぞれ$3.5と$3
値段よりもこの2品があることがうれしい

うれしい2品ナイスチョイス -
ベトナム選挙サンデー
2011/05/22日曜日
ベトナムでは国会議員選挙投票日だった
街中には投票を促すポスターや垂れ幕が
あちらこちらで見ることができる

首都ハノイだけでなく
ベトナム最大都市ホーチミンでも同様に
同じようなポスターを見ることができた
ベトナムは社会主義国家
完全な自由選挙ではない
ベトナム共産党を中心としたベトナム祖国戦線が
審査を行い、ほとんどの立候補者を決める
選挙活動が認められていないため
選挙カーでの演説などは聴かれることはない
今回の選挙では企業の経営者が多く立候補しており
選挙結果によりさらなる経済開放を行われるのでは
と注目されている選挙のようだ
当日、テレビでも選挙特集が朝から流され
投票日と言うことを絶え間なく伝えていた

朝から、ベトナム語の声が外から聞こえた
たぶん投票日を伝える広報だと思う

街中を歩いてみると投票所があり
ベトナムの国旗と選挙管理スタッフがいた
その前には立候補者の経歴などが書かれた
資料が張られている

中を少し覗くと、日本と同じ仕切りに区切られた
投票用紙を書き込む場所が見える
そして、必ずあるのがホーチミン氏の胸像が飾られている
氏の影響力は健在なのだと驚かされる
今回の選挙のニュースで驚かされたのが
中国との領土問題が起きている
南沙諸島で選挙を実施したことだ
もちろん中国はこれに対して批判
「選挙は中国の主権の侵害であり、非合法、無効だ」
これに対してベトナム「ベトナムの内政問題だ」と反発した
ベトナムはこの選挙の前(2011/05初旬)に
ASEANの議長声明内の南シナ海問題に関する
中国に配慮していた部分に対し反発し削除させている
一方同じ頃(2011/05/19)日本では、内閣官房参与が
竹島問題に対し韓国の新聞社でのインタビューで
この領土問題を「過激に記述した(教科書)」との
発言が伝えられている
同じ他国との領土問題を抱えている国としての
対応の違いに驚きと将来への不安を感じてしまう -
ベトナム統一鉄道での移動
ホーチミンから首都ハノイまで
鉄道で移動する事に決めた
パックパッカーの旅というと寝台列車が似合う
と思い寝台列車を選んだ
実際に調べてみると、一等寝台車だと
$73とそんなに安くはない
でも、33時間の電車の旅
ちょっと奮発して一等寝台車を手配した
ホーチミンのサイゴン駅に19時出発だが
心配なので17時にサイゴン駅に到着
お金をおろしたり、お茶飲んだりで時間をつぶし

30分前に乗車、チケットにある号車と席を
アラビア数字を頼りに探し出し
寝台に入ったらベトナムの家族がこっちを見ていた
「こんにちは」
自分も家族もビックリしている
家族にしてみれば急に日本人がやって来た訳だし
自分にしてみれば人の家にお邪魔している気分だ
お互い英語が苦手でなかなか
コミュニケーションが取れない
隣の寝台には家族とは別の
きれいなベトナムの女性が寝ていた
指定の寝台は11、上のベットだ
とりあえず昇って
バックパックをワイヤーで括り付ける

19時定刻通りに発車した
周りはベトナム語で溢れてる
会話に入れないのが寂しい
そんな気持ちも乗せ、ハノイに出発した
隣のきれいなお姉さんと少し話すが
うまくコミュニケーション取れず
あんまり話が盛り上がらず
悔しい思いもハノイに運ぶこととなった
19時に出発して
22時くらいに眠くなってそのまま就寝
次の日、車内を歩いてみる
一等寝台車が4人部屋
二等寝台車が6人部屋
それと座席となる

座席は一等寝台車の半分くらいの金額だ
でも33時間座席に座っているのは辛いなぁと
奮発した
座席の車両を見に行ったら
床に寝ている人
二つの席をカップルで横になっている人たち
皆思い思い、楽な姿勢を取っている
やっぱり、寝台にして良かった
貫通路を見ると10cmくらいの隙間が空いている
電車の向こうが肉眼ではっきり見られる
すがすがしい空気も吸える
でも、ここで落ちたらと思うと怖い

長時間の電車なのでお弁当の販売もある
1食30000ドン、結構美味しい
細長いインディカ米でなく
久しぶりに食べたジャポニカ米だった
炊き方が違うのかジャポニカ米もパサパサしていた
コンビニのおにぎりが恋しくなる

とりあえず、やることもないので
寝て起きて寝て起きて
フエ駅に到着17時
その頃になると、家族の方とも
話ができるようになり
ハムやパパイヤを勧められる
これが美味しい
ありがとうのベトナム語を覚えておくべきだった
その後、寝て起きて寝て起きて
寝て起きて寝て起きて
寝てばかりいるので
あんまりお腹がすかない
途中の駅で空気を吸いに降りると
トウモロコシの蒸したものを進められるが
食が進まない
また寝台に戻って寝て起きて寝て起きて
深い眠りについた後
家族に起こされた「ハノイ」
どうやらハノイに着いたようだ
括り付けたバックパックをほどき
一緒に乗ってきた家族にお礼を言って別れた
客車を降りると「バイクタクシー?」との声
ホームまでバイクタクシーの運ちゃんが来ている
よく見るとタクシーがホームに止まっている
朝4時のカルチャーショック

ハノイ駅の駅前でバックパックを抱えながら
時間をつぶす
寝てしまうと大変なことになりそうなので
寝ないようにバックパックを抱きしめる
明るくなったらフォーを食べよう
列車を降りたとたんにお腹がすいた
ベトナムの南北分断時代は鉄道も分断されていた
その後、統一されベトナム国鉄も
南の大都市ホーチミンから北の首都ハノイまで
1本で行けるようになった
ベトナムでは「統一鉄道」と呼ばれている
戦争が終わった象徴でもあるようだ

朝のハノイ駅 -
プノンペン・ホーチミンで水タバコ
水タバコ(シーシャ)と言えば中東の習慣
でも、タイ・バンコクでもシーシャを吸うことができた
(タイの水タバコ(シーシャ)事情
http://turedure2006.blog.so-net.ne.jp/2011-05-02-1 )
タイのお隣カンボジア
またそのお隣ベトナムでも吸うことができた
カンボジア・プノンペンでは
中東風の「シーシャラウンジ」で
扉には中東の女性の絵が掲げられ
お店の中では中東の踊りが映像で流されている

シーシャの種類も多く10種類近くあった
炭の交換もスタッフがこまめにやってくれ
「シーシャラウンジ」だけあって、手慣れた感じだった
お店の中でも吸うことができるが
外でトンレサップ川のほとり、大きな通りを見ながら
シーシャを吸うことができる
プノンペンの人々の生活を見ながら
のんびり吸うのも楽しい

いろいろプノンペンを歩き回ってみたが
このラウンジ以外でシーシャを吸わせるお店はなかった
ベトナム・ホーチミンでは
デタム通りの中ほど、交差点の角のバーで
シーシャを吸うことができる
種類は4種類
アップル・ストロベリー・ミント・グレープ

ちょっと、パイプが重く吸うのに力を使った
でも、美味しい
ビールとシーシャをベトナムで楽しめるとは思わなかった

ホーチミンでは他でシーシャを吸うことのできる
お店は自分では見つけられなかった
シーシャの価格は
タイ・バンコク:150~300バーツ(450~900円)
カンボジア・プノンペン:7~9ドル(560~720円)
ベトナム・ホーチミン:200000ドン(800円)
各国の物価から考えると
やはり、相当高級な嗜好品なのだ
なかでも一番高く感じたのはベトナム
「シーシャ1回20万」と言われたとき
すこし、引いた
その反応が顔に出たのかすかさず店員が
「でも、長く吸えるから長く吸えるから」と
フォローをしていた
店員さんも「高いかな?」と思っているのかもしれない